■事実

※ 画像は記事の内容をもとにしたイメージで、必ずしも現実を反映しているわけではありませんので注意してください。
Reddit(r/pcmasterrace)に投稿されたスレッド(https://www.reddit.com/r/pcmasterrace/comments/1s33919/my_experience_with_inno3d_asks_me_to_replace/)で、ユーザー u/Individual-Rip4396 が Inno3D GeForce RTX 4090 iChill のRMA対応に関する一連の体験を詳細に報告した。
発生した症状とトラブルシューティング
このユーザーのRTX 4090は購入から2年間、何の問題もなく動作し続けていた。
しかし直近2週間以上にわたって、これまでなかった異常な挙動が立て続けに発生するようになった。
報告された症状は大きく3つだ。
まず画面上に黒いアーティファクト(乱れたピクセルや描画の破綻)が頻繁に出現するようになった。
次に高負荷状態での突然のGPUクラッシュが繰り返し起きるようになった。
さらに最悪の場合はシステム全体がフリーズして強制再起動を余儀なくされる事態も発生した。
ユーザーは症状が出るたびに自力でのトラブルシューティングを試みた。
電源ケーブルの接続状態の確認、PSU(電源ユニット)の動作チェック、そしてGPUドライバーの最新版への更新を実施し、一般的に考えられる原因を一通り排除した。
オーバークロックは一切行っておらず、ソフトウェア上の設定問題も否定している。
それでも症状は一切改善しなかった。
OCCT診断で判明したこと
ユーザーはストレステストツール「OCCT Personal 16.0.2」を使用して「3D Adaptive」テストを実行した。
結果は数分以内に61件ものエラーが検出されるというものだった。
このテストでは、Intel Core i7-12700KFとNVIDIA GeForce RTX 4090のシステム構成が確認されており、ユーザーはスクリーンショットと動画で症状を記録している。
ここで特に重要なのは、エラーが発生したタイミングだ。
GPUがサーマルスロットリングを引き起こすような高温域に達する前の段階で、すでにエラーが多発していた。
つまり「熱的な問題ではない可能性が高い」ことが、この時点で客観的データによって示されていた。
この事実は後のRMA交渉においても大きな意味を持つことになる。
Inno3DへのRMA申請と最初の回答
症状の改善が見込めないと判断したユーザーは、Inno3DのサポートにRMA申請の連絡を行った。
Inno3Dの最初の回答は、購入した販売店を経由してRMAを申請するよう求めるものだった。
しかしユーザーの場合、購入先の販売店が提供する2年間の保証期間はすでに満了していた。
一方でInno3D自体が独自に提供する保証期間は3年間であり、まだ残り1年の有効な保証が残っている状態だった。
ユーザーがこの点を指摘しても、Inno3Dは引き続き販売店を経由するよう促した。
問題の核心:グリス交換の自己対応を要求
その後、Inno3Dは一転して予想外の提案をユーザーに対して行った。
ユーザーの報告によれば(メールのスクリーンショットは未公開)、Inno3Dはユーザー自身がカードを開封してGPUのサーマルペースト(グリス)を塗り替えることを提案したとされる。
この提案には構造的な問題が2点ある。
1点目は保証の問題だ。
グラフィックスカードの開封にあたっては保証シールを剥がす必要があるケースが多く、多くのメーカー規定においてこれは保証の無効化事由となり得る。
Inno3Dの提案に従って開封・グリス交換を行った時点で、残り1年の保証を自ら放棄することになりかねない状況だった。
2点目は、そもそも診断として筋が通っていない点だ。
前述のOCCTテストが示しているように、エラーはGPUが高温に達する前から発生している。
グリスの劣化が原因であれば、まずGPU温度が危険域まで上昇し、それに伴ってエラーが増加するはずだ。
しかし実際のデータはそうなっていない。
グリスを塗り替えたとしても症状が改善する合理的な根拠はなく、保証を失うリスクだけが残るという最悪の状況が想定された。
ユーザーはこの提案を断固として拒否した。
最終的なRMA受理
一連の押し問答を経て、最終的にInno3DはRMA申請を受理した。
ただし記事の元となった報道では、今回のやりとりを通じてInno3Dがこの件への対処を回避しようとしていたことがうかがえると指摘している。
RTX 4090をめぐる市場の背景
RTX 4000シリーズは、米国政府による中国向けハイエンドGPUの輸出規制の対象となり、新規製造・出荷が事実上停止している状態だ。
この規制の余波は日本市場にも直撃し、RTX 4090の店頭在庫は大幅に減少した。
国内では一部店舗でRTX 4090の価格が42万円前後まで高騰した時期もあった。
RTX 5000シリーズへの世代交代が進む現在も、前世代ハイエンドGPUの需要は根強く残っており、AIBパートナー各社がRMA用の代替品を確保することは困難な状況が続いている。
同様のRMAトラブルは他のAIBパートナーでも報告されている。
ASUSでは2024年、GPU修理費用として本体価格を超える金額が請求された事例が話題になった。
ManliはRTX 4090の電源コネクタ溶損問題について「ユーザーの過失」としてRMAを拒否したケースもある。
スイス大手通販業者Digitec Galaxusが公表したデータによれば、Inno3DのGPU不良率は0.9%と主要ブランドの中では比較的低水準にある。
一方で、保証対応にかかる平均日数は14日と他社と比較して長い部類に入ることも示されている。
解説
今回の件を整理すると、問題は2層構造になっています。
まず「Inno3Dのサポート対応そのもの」、次に「RTX 4090という製品が置かれた市場的な特殊事情」です。
グリス交換提案は診断として成立していない
OCCTのログを見れば、エラーが過熱と無関係に発生していることは一目瞭然です。
サーマルペーストが劣化して熱伝導が悪化しているなら、まずGPU温度が上昇し、その後に熱的ストレスによるエラーが増える、というシーケンスになるはずです。
ところが実際には、温度が上がり切る前の段階でエラーが多発している。
これはVRAMの劣化、GPUダイの問題、あるいは基板上のコンポーネントに起因するハードウェア障害を示唆しています。
それに対して「グリスを塗り替えろ」と提案するのは、診断として明らかに筋が通っていません。
サポート担当者がOCCTのデータを精査せず、定型的な回答を返したのか。
あるいは在庫を温存したいがゆえにRMAを回避しようとした意図的な対応だったのか。
どちらにせよ、ユーザーが拒否したのは賢明な判断でした。
RMA在庫枯渇という構造的問題
個人的には今回の件の根本に「RTX 4090の代替品がどこにもない」という現実があると見ています。
輸出規制によってRTX 4090の新規製造は事実上停止し、市場在庫もほぼ枯渇しています。
RMAを受け付けるということは、交換用の新品または整備済み品を用意しなければなりません。
それが調達できないとなれば、AIBパートナーとしては無意識のうちにRMAを遅延させたり、ハードルを上げたりするインセンティブが働くことになります。
ASUSやManliで起きた事例も、こうした文脈で考えると構造的な問題として理解できます。
製品の不良率が業界水準より低くても、問題が起きたときの対応力が欠けていれば、長期的なブランドの信頼性は損なわれます。
販売店保証とメーカー保証の違いを把握しておく
今回の件で読者にとって実践的に有益な教訓があるとすれば、販売店保証とメーカー(AIBパートナー)保証の違いです。
多くのユーザーは「購入した店の保証が切れたら終わり」と思いがちです。
しかしAIBパートナー各社は販売店とは独立した保証期間を設けているケースがあります。
今回のユーザーはその制度を把握していたからこそ、Inno3Dの「販売店経由で申請せよ」という誘導を跳ねのけ、最終的にRMAを受理させることができました。
高額なGPUを購入する際は、販売店の保証年数だけでなく、AIBパートナー自体が提供する保証期間と直接RMA申請の窓口を事前に確認しておくことを強くおすすめします。
「鉄板AIB」はもう存在するのか
今回のような事例を積み重ねて見ていくと、「このAIBを買っておけば間違いない」という鉄板の選択肢がなくなってしまったのではないか、という思いが一層強くなります。
GPUを選ぶときに性能や価格だけを見がちですが、市場には様々なモデルがあり値札もまちまちです。
そのうえで、実際にトラブルが起きたときにどう対処してくれるかというサポート面も、購入先のAIBを決める重要な基準にすべきでしょう。
ただしこれが難しいのは、対応の質は国や代理店によっても事情が異なり、一概に「どのAIBが優れている」とは言い切れない点です。
経験則による評判もユーザーによって意見が割れることが多く、シンプルな答えが出ないのが現状です。
思えば2022年に、かつてユーザーから絶大な信頼を得ていたEVGAがGeForce事業から撤退しました。
EVGAは分解してクーラーを交換しても保証を受けられるという、今では考えられない稀有なAIBでした。
撤退の理由として「利益が出ない」ことが挙げられましたが、多かれ少なかれ他のAIBも同様の利益構造に直面しているはずです。
利益が出にくい構造であること、そしてRTX 4090のような希少品については完全な売り手市場であること、この2点はGPU購入時の判断材料として念頭に置いておく必要があります。
サポートに余力のあるAIBとそうでないAIBの差が、今後の旧世代GPU保証対応でより顕在化していくと個人的には見ています。