■事実
Bolt Graphicsとは
同社の狙いは「価格が高すぎず、消費電力が多すぎず、ラックスペースを取りすぎない」GPUです。
ゲーミング単体ではなく、HPC・AI・映像制作まで対象とした汎用GPU設計を採用しています。
カリフォルニア州サニーベール拠点のGPUスタートアップ企業です。
Zeus GPUのアーキテクチャは4年間にわたってFPGAで評価・検証を続けてきました。
テープアウトの意味と現状
テープアウト完了=「ペーパー発表ではなかった」という証明の意義があります。
ただし量産出荷は2027年末を見込んでおり、テープアウトはあくまで開発フェーズの通過点です。
2025年3月の発表から約1年を経て、テストチップのテープアウト(設計データのファブへの最終送付)が完了しています。
製造プロセス:TSMC 12nm FFC(12FFCは2018年前後から量産実績のある成熟ノード)です。
アーキテクチャの特徴
レイトレーシングのインターセクション処理をハードウェアで高速化する設計(RISC-Vベクタ拡張 RVV 1.0活用)です。
ラスタライゼーション、レイトレーシング(RT)、パストレーシング、FP64精度計算に対応です。
ソフトウェアサポート:Vulkan、DirectX 12、Unreal Engine、Unity、Python、Fortranなどです。
コア設計はRISC-Vスカラーコア(RVA23準拠、アウトオブオーダー)+独自SIMDエンジンの組み合わせとなります。
RISC-Vコアは単なるコマンドプロセッサではなく、GPU搭載のCPUとしても機能——カード単独でLinux(Ubuntu)を起動可能です。
パストレーシング専用アクセレータ「Lightning」を内蔵です。
メモリ構成の特徴(業界的に異例)
単体カードで最大384GBという、ゲーミングGPUとしては桁外れの容量を実現しています。
オンボードにLPDDR5X(スマートフォン向け低消費電力メモリ)を搭載する異例の設計です。
さらにDDR5 SO-DIMMスロットを増設し、ユーザーが後からメモリ拡張できる仕組みとなります。
製品ラインナップと仕様
| 仕様項目 | Zeus 1c26-032 | Zeus 2c26-064 | Zeus 2c26-128 |
|---|---|---|---|
| フォームファクタ | シングルスロット PCIe フルレングス | デュアルスロット PCIe フルレングス | デュアルスロット PCIe フルレングス |
| TDP | 120 W | 250 W | 250 W |
| FP64 / FP32 / FP16 | 5 / 10 / 20 TFLOPS | 10 / 20 / 40 TFLOPS | 未公開 |
| INT16 / INT8 | 307.2 / 614.4 TFLOPS | 614.4 / 1,228.8 TFLOPS | 未公開 |
| オンチップキャッシュ | 128 MB | 256 MB | 256 MB |
| LPDDR5X(オンボード) | 32 GB | 64 GB | 128 GB |
| 拡張込み最大容量 | 最大160 GB @ 363 GB/s | 最大320 GB @ 725 GB/s | 最大384 GB @ 725 GB/s |
| DDR5 SO-DIMMスロット数 | 2スロット | 4スロット | 4スロット |
| パストレ性能 | 77 ギガレイ | 154 ギガレイ | 未公開 |
| 動画エンコード・デコード | 2x 8K60ストリーム(AV1/H.264/265) | 4x 8K60ストリーム | 4x 8K60ストリーム |
| I/O | 400 GbE (QSFP-DD)、2x PCIe 5.0 x16、DisplayPort 2.1a、HDMI 2.1b | 同左 | 400 GbE (QSFP-DD)、2x PCIe 5.0 x16 |
Zeus 2Uサーバー構成では、オンチップキャッシュ最大2 GB、メモリ最大9,216 GB @ 5.8 TB/s、パストレ性能1,228ギガレイに達するとされます。
性能主張(いずれも内部シミュレーション値)
250W のZeus 2c26構成 vs 575W のRTX 5090で、パストレーシング性能が約5倍と主張しています。
EM(電磁界)シミュレーション性能は4チップ構成 vs RTX 5090シングルで約300倍——ただし公平な比較条件とは言いがたくなっています。
FP32計算性能はZeus 2c26でも40 TFLOPS、RTX 5090の約105 TFLOPSには大きく劣ります。(設計方針の違い)
HPC(FP64)性能でRTX 5090比約6倍の向上します。
重要なことは現時点でのすべての性能数値はシリコン検証前の内部シミュレーション値であり、独立機関による実測値は存在しないということです。
TCOと市場ポジション
400 GbE/800 GbE Ethernetをカード側に統合することでネットワークカード不要を実現し、消費電力・ラックスペースを削減されています。
Zeus Rack構成はNVIDIA RTX PRO Blackwellラック比でメモリ容量が約19倍となっています。
TCO(総所有コスト)ではHPCおよびパストレーシング用途でNVIDIA比約17分の1と主張しています。
スケジュール
2027年末に量産・製品出荷開始見込みです。
2025年後半にデベロッパーキット出荷予定(当初)→ 2026年に延期済みです。
解説セクションに2項目を追加します。
解説
「RTX 5090比5倍」をどう読むか
設計の狙いが「光の物理シミュレーションに特化したASIC的GPU」であって、汎用ゲーミングGPUとの比較は土俵が違う。
「EM 300倍」のような数字は4チップ構成対1枚の比較——競合製品との差し引きを考慮してもさすがに盛りすぎでは、という印象は避けられない。
「5倍」は250W vs 575Wの電力差込みの比較——消費電力でも半分以下という文脈が重要だ。
ただし比較軸が「パストレのギガレイ数」に限定されており、ゲームで重要なFP32シェーダー性能(RTX 5090: 約105 TFLOPS vs Zeus 2c: 40 TFLOPS)では大きく見劣りする。
IntelのGPU参入史から学ぶこと
問題がソフトウェアにあることは間違いないが、あのIntelですら初代Arc製品でどれほど叩かれたかを振り返るとよくわかるだろう。
筆者は発売前から繰り返し「IntelがNVIDIA・AMDの先行2社に追いつくには3〜5世代、つまり最長10年かかる」と主張してきた。
実際、Intel Arcは3世代目にしてIntel 18Aプロセスの助けも得て、統合グラフィクスの分野でようやく先行2社と比肩できる性能を出してきた。
しかし市場環境はすでにAI一色であり、今さらゲーミングGPUで存在感を示すことの意義は大きいとは言えなくなっている。
聞いたことのないメーカーの新製品という現実
あのIntelでさえこの状況——資本力・ブランド力・半導体製造技術・ドライバ開発の知見を持つIntelですら数世代分かかる。
初代の製品が一般ユーザーが普通に使えるクオリティになるとは、現時点では難しいといわざるを得ないだろう。
Bolt Graphicsの製品自体を歓迎できたとしても、最初の製品は間違いなく人柱専用と覚悟すべきだ。
ドライバ成熟の壁
ゲーミングGPUのドライバはある程度まで成熟すれば、あとは個別タイトル対応の積み重ねになる。
仮に2027年発売時点で「その時点の最新タイトルはきちんと動く」としても、少し前のAAAタイトルが正常に動かないという状況は十分ありうる。
そういった製品を、あなたは購入するだろうか——控えめな言い方をしても、競争力があると判断するのは難しいだろう。
たとえ、性能のカタログ数値がどれほど大きな意義を持っていたとしてもだ。
バス幅と物理実装の壁
スマホSoCでさえLPDDR5Xは4チャネル構成が標準であり、GPUカードでこれを実現する配線密度・パッケージピン数は設計難易度として相当高い次元の話だ。
結果として「384GBの最大容量」「725 GB/sの帯域」「物理実装の現実」——この3つの制約がカード1枚に同時にのしかかる。
カタログスペックの数値は実際の物理設計の壁とはまったく別の次元にあることを、これほど明確に示す例も珍しい。
LPDDR5Xの最大シングルパッケージ容量は現時点で32GB(Samsungの最新10.7Gbps品)——「384GB」を実現するには単純計算で12枚以上のパッケージが必要になる。
複数パッケージ実装となれば基板の実装面積が問題になり、大容量チップを密集させれば熱設計の問題が出てくる。
帯域の話も忘れてはならない——Zeus 2c26が主張する725 GB/sをLPDDR5Xで実現するには、8チャネル前後のバス幅をGPUパッケージから引き出す必要がある。
メモリ調達リスク
無名のスタートアップが2027年に12枚単位でLPDDR5Xを安定調達できるかどうか——これは性能以前の、事業継続性の問題でもある。
夢を語ることは必要だが、市場を目指すなら現実を踏まえなければならない——2027年のメモリ市場がどうなっているかは誰にもわからない。
これらはすべて「設計が成立した場合」の話であり、その前に調達の問題がある。
現在はAIインフラ需要によるHBMへの生産集中でDRAM全体が逼迫しており、実績あるValveのような企業でさえLPDDR5系メモリの調達に苦労している状況だ。
まとめ
技術的な挑戦としては興味深い——RISC-VベースのGPUで専用ハードウェアパストレを実装しようという発想は面白い。
ただし2027年の量産時点で戦う相手はRTX 5090ではなく、その次世代製品になる。
評価軸は「カタログスペックの数値」ではなく「実用上のクオリティ」——この原則はどんな製品にも当てはまる。
スペックだけなら、確かに「史上最強GPU」だろう。しかし、夢のGPUが現実になるためには、シリコンが動いて、ドライバが安定して、昔のAAAタイトルやニッチなゲームが動かなくてはならない。
夢から現実への壁を越えられなくて多くの製品が消えていったことを考えると過剰な期待は禁物だろう。
