
■事実
TOP500ランキングの概要
2026年6月23日、ドイツ・ハンブルクの国際スーパーコンピューティング会議「ISC High Performance 2026(ISC 2026)」で第67回TOP500が発表されました。
中国・深セン国立スーパーコンピューティングセンター(NSCS)の「霊晟(LineShine)」が初登場で首位を獲得しています。
中国がTOP500首位に立つのは神威太湖之光(Sunway TaihuLight)以来、約8年半ぶりです。
3期連続首位だった米国・ローレンス・リバモア国立研究所の「El Capitan」は2位に後退しました。
以降の順位は3位 Frontier(米)、4位 Aurora(米)、5位 Jupiter(独)です。
日本の「富岳」は前回7位から9位に後退しました。
今回のランキングで初めてアジア・北米・欧州の3地域にエクサスケールシステムが揃いました。
霊晟のハードウェア構成
- CPUのみの純国産構成:NVIDIA・AMD・IntelのCPU/GPUを一切使用していません。
- プロセッサ:Armv9アーキテクチャベースのカスタムCPU「LX2」(1.55GHz、1チップ304コア)。設計はHuawei(HiSilicon)との共同設計と複数ソースが指摘しているが公式未公表
- 総コア数:4万960基のLX2を2万480ノードに搭載し、合計1378万9440コア
- メモリ:LX2 1チップあたりオンパッケージHBM 32GB(帯域4TB/s)+オフパッケージDDR5 最大256GB
- インターコネクト:国産の「LingQi(霊気)」、ノードあたり1.6Tb/s、デュアルプレーン・マルチレール・ファットツリー構成
- OS:KylinOS(国防科技大学発のLinuxディストリビューション)
- ストレージ:428ノード、67キャビネット、アグリゲート帯域10Tbps。中国最大の液冷ストレージ展開と報じられている
- 消費電力:約42.2MW、電力効率52.07 GFLOPS/W
ベンチマーク結果
- HPL(高精度Linpack、64ビット倍精度):2,198.40 PFLOPS(2.198エクサフロップス)。TOP500史上初の2エクサ超え
- 理論ピーク性能比:実効約80%(米国の主要エクサスケールシステムは50〜65%)
- HPCG(実アプリ寄りベンチマーク):22.00ペタフロップスで1位
- HPL-MxP(混合精度ベンチマーク、AI処理に近い指標):7.92エクサフロップスで4位。El Capitan(首位・16.7エクサフロップス)の半分以下
- HPL比のMxP倍率(混合精度向上率):約3.6倍。米国GPU搭載システムの8〜11倍と大差がある
- Green500(電力効率):TOP500全体で50位
輸出規制・地政学的背景
米国による先端GPU輸出規制はGPUを標的としたが、CPUに対する規制はより緩い。霊晟はこの「CPU規制の抜け穴」を突いた構成です。
ジミー・グッドリッチ(カリフォルニア大学グローバル紛争協力研究所)は「中国市場向けCPUの輸出・製造への規制を強化すべき。これは現行規制の抜け穴だ」と発言しています。
米国は対抗措置として命令セットアーキテクチャ(ISA)の輸出規制強化を検討しているとの報道があります。(快科技報道)
LX2はArmv9(英国Arm Holdings設計のISA)を採用しており、ISA規制が実施された場合の影響が注目されています。
LX2の注目すべき設計上の特徴
各コアにArm SVE(スケーラブルベクトル拡張)とSME(スケーラブルマトリクス拡張)を搭載し、FP64・FP32・BF16・FP16・INT8の演算に対応しています。
HBM+DDR5の非対称メモリトポロジーはFujitsu A64FX(富岳のプロセッサ)との設計的共通点があり、AI学習と科学計算の両立を意図した設計です。
CPUのみの構成でもPyTorch 2.7.1+rocBLASを使用、LLMの学習実績があります。(63億パラメーターの地球観測モデルを学習)
比較表
| システム | 国 | CPU/GPU | HPL(エクサフロップス) | HPL-MxP(エクサフロップス) | MxP倍率 | 順位 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 霊晟(LineShine) | 中国 | LX2(Armv9)のみ | 2.198 | 7.92 | 3.6× | 1位 |
| El Capitan | 米国 | AMD EPYC+Instinct MI300A | 1.809 | 16.7 | 9.2× | 2位 |
| Frontier | 米国 | AMD EPYC+Instinct MI250X | 1.194 | — | — | 3位 |
| Aurora | 米国 | Intel Xeon+Gaudi | 〜1.0 | — | — | 4位 |
| 富岳 | 日本 | Fujitsu A64FX(Armv8.2) | — | — | — | 9位 |
解説
「世界最速」の定義次第で見え方が変わる。TOP500(HPL)は64ビット倍精度の科学計算を測る。AI学習が主流の現代に照らせば、HPL-MxPで4位という数字のほうが実態に近い。
混合精度の向上倍率が3.6倍にとどまる根本的な理由はアーキテクチャ——CPUのSVE/SMEユニットはGPUのTensor Coreと同等のスループットを同じシリコン面積・電力で実現できない。これは輸出規制に関係なく生じる物理的制約だ。
とはいえ「TOPを取れた」という事実の政治的重みは計算速度とは別の話だ。輸出規制をかけた米国を、規制品を一切使わず抜いたというメッセージが持つ意味は大きい。
米国の輸出規制はGPUに集中していた。GPUを使わないことでその規制を丸ごとバイパスした——という読み方は正しいが、裏を返せば「GPUなしでAI用途の制限をかいくぐる能力はまだない」とも言える。
Armv9というISAを採用している点が今後の焦点。仮に米国がISA輸出規制に踏み切れば、次世代での同様の構成は難しくなる可能性がある。ただしArmがその規制に応じるかどうかはビジネス上の問題も絡む。
LX2のHBM+DDR5非対称メモリ設計はAMD MI300AのAPU設計に近い発想。CPU onlyでありながらメモリ帯域を確保するために同様の解決策にたどり着いた点は興味深い。
神威太湖之光は2016〜2018年にTOP500を6連覇したが、当時は独自ISA(SW64)だった。今回の霊晟はArmv9を採用——「完全国産」を標榜しつつコアのISAはイギリス企業に依存しているという事実は指摘しておく価値がある。
42.2MWの消費電力というのは、小規模な火力発電所1基分に相当する。「世界最速」を維持するコストは電気代だけでも相当なものである。
輸出規制は「好ましくない道を塞ぐ」ことはできるが、「別の道を作る」意志まで止めることはできない。霊晟はその証明として歴史に残るだろう。