
■事実
イーロン・マスク氏率いるTeslaとSpaceXが、半導体製造プロジェクト「Terafab」向けにメモリプロセスエンジニアの募集を開始しました。
Terafabはロジック・メモリ・パッケージング・テスト・リソグラフィマスク製造まで、あらゆる半導体製造工程を1つの施設に集約する構想です。
求人票では、エッジ推論用プロセッサ・宇宙用耐放射線チップ・広帯域メモリ(HBM)の3系統の製品群を横断して担当する金属成膜・ウェットエッチング・CMP(化学機械研磨)などのプロセスエンジニアを募集しています。
想定する初期プロセスノードは2nm級、GAA(Gate-All-Around)トランジスタ構造を採用する見通しです。
Terafabの拠点はテキサス州オースティン・バストロップ周辺(Grimes County)。同郡は半導体キャンパス誘致のための税制優遇を承認済みです。
投資規模は初期550億ドル(Tesla・SpaceX合計)、フル稼働時には最大1,190億ドルに達する可能性があると報じられています。
2026年3月以降の採用強化の経緯:3月にTSMC出身者を含む台湾人材の獲得を開始(10年以上の経験を持つプロセスインテグレーションエンジニアが対象)、4月には決算発表直前に台湾拠点での半導体人材採用が判明、6月にはIntelで18A量産立ち上げを担当した18年選手のGary Jiang氏がTerafabディレクターとして初の大型幹部人事として加入です。
マスク氏は3月21日、テキサス州オースティンでのライブ配信で「Terafabを作るか、チップを手に入れられないままでいるか。チップは必要だから、作る」と発言。自前生産に踏み切る理由を明言しています。
同氏は今年1月、Tesla社内でメモリ調達難を「chip wall」と呼び、生産スケジュールに対する存立的リスクだと警告していたと報じられています。
6月には「これまで見た中で最も激しい」メモリ価格急騰だと発言。HBMは2026年末まで売り切れ状態が継続中です。
背景にはAI向けHBM生産最優先によるDRAM供給逼迫があり、Samsung・SK hynix・Micronの3社(DRAM世界シェア約95%)がHBM生産へ製造能力を再配分した結果、通常DRAM・NAND供給が逼迫。DRAM現物価格は過去1年で約700%上昇したとの報道もあります。
Terafabの投資規模は当初報道の200~250億ドルから、現在は1,190億~1,220億ドル規模へ拡大。稼働開始は2030年以降と見込まれています。
TSMCは今回の動きについて「(先端半導体の量産に)近道はない」とコメント、新工場の稼働までは最短でも2~3年かかるとの見方を示しています。
背景はDRAM市場はSamsung・SK hynix・Micronの3社で世界シェア約90%を占める寡占構造です。
2026年6月、この3社に対し「DRAM価格を意図的につり上げた」とする集団訴訟がカリフォルニア連邦地裁に提起され、過去4年間でDRAM価格が約700%上昇したと主張されています。(いわゆる「RAMpocalypse」)
AI需要拡大によるHBM争奪戦も激化しており、SK hynixがNVIDIA向けHBM3E量産でSamsungに先行。人材引き抜き合戦も過熱し、Samsung出身エンジニアの大量流出が報じられています。
表
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| Terafab初期投資額 | 550億ドル(Tesla・SpaceX合計) |
| フル稼働時の想定投資総額 | 最大1,190億ドル |
| 想定初期プロセスノード | 2nm級(GAAトランジスタ) |
| DRAM世界シェア(Samsung+SK hynix+Micron合計) | 約90% |
| DRAM価格上昇率(集団訴訟の主張、過去4年間) | 約700% |
ソース:
解説
結論から言えば、これは「手に入らないから自分で作る」以外の何物でもない。しかもマスク氏自身が婉曲な表現すら使わずそう言い切っている。
Tesla・xAI・SpaceXという「AIインフラの巨大消費者」自らが、供給側(メモリメーカー)の寡占構造に直接殴り込みをかけるという構図。買う側があまりに巨大化しすぎて、いっそ作った方が早いという発想に行き着いた格好だ。
これはコンシューマー向けPCやGPUのメモリ価格高騰と根っこは同じ問題。AI学習・推論向けHBM需要が既存メモリ生産能力を食い荒らし、民生品に皺寄せが行っている構造の"震源地"に、当のTeslaも巻き込まれているというのが実態に近い。
ロジックもメモリもパッケージングも1つの工場でやる、という発想自体が半導体業界の常識からするとかなり型破り。「垂直統合の権化」ことマスク氏らしい発想ではある。
ただしメモリ市場はSamsung・SK hynix・Micronの3社で9割を握る、参入障壁の極めて高い寡占市場。しかもこの3社には過去に価格カルテルで摘発された前歴もある。
新規参入者が最初にぶつかる壁は技術というより「規模の経済」。装置投資が莫大な上、歩留まりが安定するまで数年単位の時間がかかるビジネスで、Tesla車載半導体や自社データセンター向け需要だけでどこまで採算ラインに乗せられるかは未知数だ。
一方でAI需要によるHBM争奪戦は、既存3社の間でさえ人材の奪い合いが起きるほど過熱している。そこに割って入ろうというタイミング自体は、実は悪くない読みかもしれない。
とはいえ、まだ「求人票を出した」段階の話。実際にウェハが流れて量産品質のメモリが出てくるまでは最低でも2~3年、TSMCの「近道はない」というコメントはまさにその通りだと思う。
個人的には、この手の壮大な発表が実行段階で規模縮小していくパターンをマスク氏関連プロジェクトで何度も見てきているので、今回も「本当に量産まで行くのか」はかなり懐疑的に見ている。
求人票のスペック自体は本気度が高い。2nm級GAAトランジスタでの統合プロセス開発経験者を求めているあたり、単なる話題作りのレベルではなさそう。
ロジックもメモリもパッケージングも全部自社でやる、と聞くたびに「それ、TSMCとSamsungを両方同時に作ろうとしてないか」と突っ込みたくなる。
「寡占への挑戦」と聞くと威勢はいいが、現実的には既存3社の一角を崩すより先に、Tesla自身の車載半導体を賄うだけでも十分すぎるほど野心的な目標だと思う。
そもそも今回の動きは「メモリ市場の覇権を取りに行く」という話ではない。Terafabが生産したメモリを外部に販売するという話は一切出てきておらず、あくまでTesla・xAI・SpaceXという自社需要を賄うための調達戦略に過ぎない。
投資規模こそ1,190億ドル級と巨大だが、目的が「作って売る」ではなく「作って自分で使う」である以上、Samsung・SK hynix・Micronと価格競争で正面衝突する必要はない。
見出しにありがちな「寡占への挑戦」という表現は半分ミスリード。実態は寡占構造そのものを崩しにいっているのではなく、その中で自社の取り分だけを内製で確保しにいった、という方が正確だ。
既存3社にとっても、直接の競合が現れたというより「最大級の顧客の一社が突然自炊を始めた」という程度の話であり、脅威の質としては市場シェアの奪い合いとは別物として捉えるべきだ。
ソフトウェア覇権(CUDAエコシステムなど)には一切手を出さず、あくまでハードウェアの調達安定化に絞っている点も含めて、今回の動きは「餅は餅屋、ただし餅を蒸す釜だけは自分で作る」という程度の割り切った戦略として理解するのが実態に近い。