■事実
返品詐欺の概要
eBayの転売業者「Baily Ecom」が2026年3月18日、ZOTAC Gaming GeForce RTX 5090を約4,000ドルで販売・発送後、購入者から返品されたカードを開封したところ、GPUダイとVRAMチップがすべて剥がされていたことを動画で公開した(https://x.com/Grummz/status/2034284188401283478)。
動画には、外観上まったく損傷のない状態で返品されてきたカードを分解する様子が収められている。 クーラーをPCBから取り外したところ、GPU本体であるGB202ダイと、32GBのVRAMを構成する16枚のGDDR7メモリチップがすべて消えていた。
販売前の動作確認では正常に起動・動作しており、返品後にカードが起動しなくなったことで異常が発覚した。 クーラーを外すまで外観上は一切の不正改ざんの痕跡を確認できなかったとされる。
ゲーマーコミュニティで影響力を持つアカウント「Grummz」はこの件をXでシェアし、「GPUとVRAMは今や金より価値がある」とコメントした。
転売業者のBaily Ecomは「被害は既に出てしまった」としており、返金やプラットフォームへの申告を含む事後対応を余儀なくされている。
被害の構造と技術的背景
RTX 5090のFounders Editionの希望小売価格は2,000ドルだが、2026年3月時点では深刻な供給不足を背景に市場価格は4,000〜5,000ドルまで高騰している。 今回の転売業者は4,000ドルで販売したカードで損害を受けており、希望小売価格の2倍相当の損失となる。
RTX 5090のBOM(部品原価)のうち、GPUダイとVRAMチップが占める割合は約80〜90%と推定されている。 残されたPCBとクーラーおよびシュラウドは製品価格のわずか10〜20%程度に過ぎない。 GPUダイとVRAMを抜き取ることで、詐欺師は部品の大半の価値を持ち逃げできる計算になる。
GPUダイ(GB202)の取り外しには専用のリワーク設備と相応のはんだ付け技術が必要であり、偶発的な損傷ではあり得ない。 取り外された後のPCBはそれ自体では何の価値もなく、修復も事実上不可能だ。
RTX 5090のGDDR7メモリは基板の片面にのみ実装されているため、バックプレートを外しただけでは異常を発見できないという構造上の問題がある。 さらにフルカバーシュラウドを採用したモデルでは、内部部品の確認がさらに困難になる。
残存するPCBには電源デリバリシステム、16ピン電源コネクタ、映像出力ポートなどすべての周辺部品が正常なまま残っており、クーラーを外さない外観検査での発見がいかに難しいかを示している。
中国向けAIサーバー転用との関連
業界では、中国国内の一部業者がRTX 5090のGPUダイとGDDR7メモリをオリジナルのPCBから剥がし、ブロワー型クーラーを採用したスリムなカスタムPCBへ移植してAIサーバー向けに再構成する事例が複数報告されている。 米国の輸出規制によりRTX 5090の中国への正規販売は禁止されており、GPUダイとVRAMチップ単体での迂回経路が生まれていると見られている。
こうして「チップを抜かれた空のRTX 5090」が流通経路に紛れ込み、転売業者や一般購入者のもとへ気づかれないまま届く事例も確認されている。 2025年8月にはフランスのAmazon(直販・直送)で購入したMSI RTX 5090がGPUとVRAMチップなしで届いた事例がRedditで報告されており、「Amazon直販・直送」という公式ルートもすでに安全とは言えない状況だ。
修理店に中身が空のRTX 5090が持ち込まれるケースも増加しており、「返品を悪用した手口」と「流通段階での抜き取り」の両方が並行して発生していることが確認されている。
Videocardz.comは「抜き取られたチップがAI用に流用された可能性がある」としつつも、これはあくまで有力な仮説であり確定情報ではないと注記している。
過去の類似事例と詐欺手口の多様化
GPUダイとVRAMを抜き取り外観上は正常に見せる手口はRTX 4000シリーズの時代から確認されている。 RTX 4090でも同様に、空のカードが返品・転売される事例が複数報告されていた。
RTX 5000シリーズではこれに加えて、箱にマカロニ・米・バックパックなどを詰めて正規品に見せる詐欺も複数確認されており、手口の幅が広がっている。
2025年6月にはYouTubeチャンネル「Northwestrepair」が、修理依頼として届いたZOTAC RTX 5090のGPUダイとVRAMが丸ごと消えていた事例を公開している。 また同月には、別の購入者が中国系業者から2,000ドルという相場以下の価格で購入したRTX 5090を修理に持ち込んだところ、同様にGPUダイとVRAMが完全に消えていたことが確認されている。
チップ抜き取り型詐欺が急増している背景として、GPUダイとGDDR7 VRAMチップが単体でも高値で転売・転用できる市場が形成されていることが挙げられており、VRAM不足が続く現在の市場環境が改善されない限り事案は増加し続けると見られている。
Videocardz.comはこの状況について「今や買い手だけでなく、売り手もeBayでの取引に注意が必要になった」と指摘している。
解説
「GPUダイとVRAMチップを抜き取って正規品として返品する」という手口は、個人の思いつきレベルではないと見ています。
専用設備ではんだを外してチップを取り出し、外観は完璧に保ったまま返品する。 技術も設備も時間も必要で、外側から発見されないよう偽装するためには組織的な体制が不可欠です。 「被害は起きてしまった」と転売業者が言うしかない状況も、この精巧さを物語っています。
供給不足と輸出規制が犯罪のインセンティブを生んでいる
根本的な問題はNVIDIAのRTX 5000シリーズ、特にRTX 5090の慢性的な供給不足にあります。
希望小売価格2,000ドルのRTX 5090が市場では4,000〜5,000ドルで取引される状況は、GPUダイとVRAMチップだけを抜き取って転売するビジネスが成立することを意味します。 GB202ダイとGDDR7チップで原価の約8〜9割を占めるため、抜き取られたチップの価値は単純計算で30〜40万円規模に上ります。
そこに米国の輸出規制でRTX 5090を中国に正規販売できないという事情が重なります。 「チップ単体なら部品として持ち出せる」というグレーな迂回経路と、中国のAIブームで急膨張したGDDR7需要が組み合わさって、精巧な返品詐欺が組織犯罪として成立する「市場」が形成されています。 GPUそのものを盗むのではなく、「正規の返品手続きという合法的な外皮」を使って盗品を回収する構造が特に厄介です。
eBayの返品制度が逆用されている
個人的に問題だと感じるのは、eBayの返品制度そのものが組織的に逆用されていることです。
転売業者にとって「返品対応」は購入者からの信頼を得るための必要コストです。 しかし詐欺師にとってはそれが「正規手続きで実質的な盗品を返送できるルート」になっています。 外観検査では発見できない手口に対して、現時点ではeBayも有効な防止策を打ち出せていません。
今回の被害者は転売業者ですが、これはeBayユーザー全般が「売り手としての立場でも」リスクを負う時代になったことを示しています。 プラットフォーム側が外観以外の検証をどう組み込むか、制度的な対応が強く求められています。
なお、Amazon直販・直送でも被害が出ていることは、すでに流通在庫そのものが汚染されているケースがあることを示しており、「どこで買っても安全とは言えない」という現実を受け入れる必要があります。
RTX 5090購入時の現実的な自衛策
eBayや中古市場でRTX 5090を購入する場合の現実的な対策をまとめます。
まず相場より大幅に安い価格の商品は問答無用で疑うべきです。 現在の市場では希望小売価格(2,000ドル)相当か、それ以下で出回っているRTX 5090は「罠」の可能性が非常に高い。
入手後は接続前にクーラーを外してGPUダイとVRAMチップが物理的に存在するか目視確認することが、現実的な唯一の自衛策です。 ZOTAC製のRTX 5090では冷却ユニットの取り外しが比較的容易ですが、フルカバーシュラウドを持つモデルでは分解に手間がかかります。 購入先の格にかかわらず、この確認は必須と考えてください。
NVIDIAのRTX 5000シリーズの供給が正常化されない限り、「GPUチップは金より価値がある」という歪んだインセンティブは消えず、この種の詐欺は増え続けるでしょう。 RTX 5090が希望小売価格の2〜2.5倍で流通するという異常事態を放置しているNVIDIAの供給管理のあり方そのものが、こうした犯罪を招いているという視点は忘れてはなりません。
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