■事実
Appleは2026年3月初旬、Mac Studioのオンラインストア構成オプションをひっそりと変更し、512GBメモリへのアップグレードオプションを削除した(https://www.macrumors.com/2026/03/05/mac-studio-no-512gb-ram-upgrade/)。
この変更により、Mac Studioの最大メモリ容量はこれまでの512GBから256GBへと引き下げられた。
現行のMac Studioは36GBからスタートし、48GB・64GB・96GB・128GB・256GBのアップグレードオプションが引き続き選択できる。
512GBのオプションはM3 Ultraチップ搭載の最上位モデルにのみ設定されていた構成で、価格は4,000ドルだった。
メモリ容量の上限引き下げにとどまらず、既存の256GBアップグレード自体も値上がりしている。
従来は96GBから256GBへのアップグレードに1,600ドルかかっていたが、現在は2,000ドルへと引き上げられ、25%の値上がりとなった。
256GBメモリ構成の注文に対する出荷見込みは2026年5月まで延びており、在庫逼迫の深刻さを物語っている(https://www.apple.com/shop/buy-mac/mac-studio)。
MacRumorsはこの変更の主因をグローバルなDRAM不足に求めており、Appleもこれを把握したうえで対応を決定したと報じている。
またMac Studioの需要自体が、ローカル環境でAIエージェントやLLMを動かそうとするユーザーの増加によって押し上げられていたことも、この事態を悪化させた一因だとしている。
DRAMショートの根本的な背景には、AIデータセンター向けHBM(High Bandwidth Memory)への需要爆増がある。
HBMはNVIDIAのBlackwellをはじめとするAI向けアクセラレータに不可欠な高帯域幅メモリであり、通常のDRAMと比較してウェハ消費量が1GBあたり約3〜4倍に達する。
つまり、HBM1GBを生産するごとに、通常のDRAM3〜4GB分の生産能力を消費するという構造的なトレードオフが、世界のメモリ市場を直撃している。
Samsung・SK Hynix・Micronの世界3大メモリメーカーは一斉に、より高マージンのHBMおよびDDR5サーバー向けメモリへと生産リソースを振り向けており、コンシューマ・PC・その他用途向けの通常DRAMの供給が絞られている。
SK Hynixは2025年10月の決算発表で、2026年のHBM・DRAM・NANDの生産キャパシティが「事実上すべて完売」状態であることを明らかにした。
MicronはコンシューマDRAM市場から事実上撤退し、エンタープライズおよびAI向け製品への集中を打ち出している。
Samsungは2025年9月に32GB DDR5モジュールの価格を149ドルから239ドルへと60%値上げしており、DDR5の契約価格は2025年初頭の7ドルから19.50ドル超にまで急騰、100%を超える上昇を記録した。
TrendForceのリポートによれば、2026年第1四半期の一般向けDRAM契約価格は前四半期比55〜60%の上昇が見込まれており、サーバー向けDRAMは60%超の上昇が予測されている。
Counterpoint Researchは、DRAMの価格が2026年第1四半期だけで80〜90%上昇したと報告しており、アナリストはこれを「前例のない」急騰と表現している。
Gartnerは2026年のDRAM平均価格が前年比47%上昇すると予測しており、従来型・レガシーDRAMを中心とした構造的な供給不足が主因だとしている。
TrendForceの別のリポートでは、2026年にはAI関連消費が世界のDRAMウェハ生産の20%近くを占める可能性があると警告している。
IDCは今回のDRAM不足を過去の需給ミスマッチとは異なる「構造的な供給再配分」と位置づけており、単なる循環的な在庫問題ではなく中長期にわたって続く可能性があると指摘している。
IDCの分析では、2026年のDRAM供給成長率は前年比16%増、NAND供給成長率は17%増にとどまる見込みで、ともに過去の平均を大幅に下回ると予測されている。
需要サイドでもMac Studioの512GB構成を加速させる独自の要因が重なっていた。
AppleシリコンはCPU・GPU・Neural Engineが統合されたUnified Memoryアーキテクチャをとっており、搭載メモリ全体をGPUメモリとしても活用できるという特性がある。
この仕組みがローカルLLM推論において大きな強みとなり、Mac Studioは一般向けAIワークステーションとしての地位を急速に確立しつつあった。
512GB構成のMac Studioを4台クラスター接続することで、現時点で存在する最大規模のLLMも動作させることができると評価されており、研究者・開発者・AIスタートアップを中心に需要が集中していた。
MacRumorsは、Appleが大手DRAMメーカーとの長期的な調達関係を持ち、供給可能なDRAMを小規模企業よりも有利に確保できる立場にあると指摘する。
しかし、それでもなお512GBオプションを廃止せざるを得なかったことは、DRAM不足の深刻度を端的に示している。
現行Mac Studioの後継となるM5 Max・M5 Ultra搭載モデルは、2026年中に登場する見通しだ。
Bloombergのマーク・ガーマン記者は、M5 Max・M5 Ultra版Mac Studioが2026年のAppleリリーススケジュールに含まれていると報じている。
リリース時期については、2022年以降に発売されたMac Studio3モデルのうち2モデルが3月に登場していることから、2026年春〜夏(3〜6月)が有力とみられている。
ガーマン記者は3月3〜4日に実施されたAppleの製品発表ラッシュ(M5 MacBook Pro・M5 MacBook Air・MacBook Neoなど)にMac Studioが含まれなかったことについて、「春の製品群からそれほど後れをとらない時期に登場する」とコメントしている。
新型Mac Studioには外観デザインの大幅な変更はなく、M5 MaxおよびM5 Ultraチップの搭載が主たる刷新内容となる見込みだ。
Appleが発表したM5 Pro・M5 MaxはAI演算(GPU AIコンピュート)性能が前世代比4倍超に達するとされており、M5 UltraはM5 Maxを2個UltraFusion接続した構成となるため、さらなる飛躍が期待されている。
解説
正直、Appleがメモリオプションをこっそり削除するのは珍しい事態です。
「在庫がないので選択肢を消します」という形での対応を、Appleがこのような形で行うのは異例と言えます。
それだけ今回のDRAMショートが並外れた規模であることの証拠でしょう。
構造的に見ると、今回の問題はAIが引き起こした「共食い現象」とも言えます。
NVIDIAのGPUに積むHBMを増産するために、Samsung・SK Hynix・MicronがDRAM生産ラインを振り向けているわけですが、HBM1GBを作るたびに通常のDRAM3〜4GBが作れなくなるわけです。
AIチップが大量に出荷されるほど、PCやMacや家電向けのメモリが市場から消えていくという構図です。
さらに言えば、HBMを大量消費するNVIDIAのAIアクセラレータを搭載したサーバーを、GoogleやMicrosoft・Amazon・Metaといったハイパースケーラー(大規模クラウドを運営するメガテック企業)が大量導入しているわけですから、玉突き的にコンシューマ市場のメモリが消えていく状況です。
2026年第1四半期のDRAM価格が80〜90%も急騰したというのは、半導体業界でも本当に「前例がない」水準です。
Appleほどの巨大企業でさえ最高グレードの構成を供給できなくなったという事実は、調達難の深刻さをよく示しています。
256GBアップグレード料金が1,600ドルから2,000ドルへと25%値上がりしたのも、DRAMコスト上昇を価格に転嫁し始めた動きとして見ておくべきでしょう。
気になるのが「M5 Ultra向けにメモリを意図的に温存しているのでは?」という読みです。
M5 UltraはM5 Maxを2個UltraFusion接続した構成になるため、最大搭載メモリも大幅に増える設計になるはずです。
DRAM逼迫が続く中で、次期フラッグシップのために在庫を確保しておく思惑があっても不思議ではありません。
もう一つ面白いのが、需要サイドの変化です。
ローカルLLMの急速な普及がMac Studioの512GB構成への需要を押し上げていたのに、AIブームがDRAMを食い荒らした結果、AIを動かすためのマシンからメモリが消えてしまいました。
AIがAIの足を引っ張るという、なんとも皮肉な構図です。
今すぐローカルAI環境を構築したい方には、256GB構成を今すぐ発注する(納期は5月)か、M5世代の登場を待つかという選択になります。
個人的には、M5世代のAI演算性能が前世代比4倍超と大幅に向上する見込みであることを考えると、待てる方は新世代を待つほうが賢明だと見ています。
ローカルLLM推論の速度向上は、ユーザー体験に直結する差になりますし、DRAMコスト高止まりが続いているとはいえ、M5 Ultra発表時のメモリ構成がどう設定されるかも注目ポイントです。
IDCが「構造的な問題」と指摘するとおり、2026年後半も価格高止まりが続く可能性は十分あります。
Micronが新工場を2027〜2028年にかけてアイダホ州ボイシとニューヨーク州クレイに稼働させる計画を持っていますが、それまでの間は現在の逼迫状態が続くと業界アナリストは見ています。
消費者の立場からすると、良くも悪くも「AIの波に翻弄されている」状況ですが、これはApple製品に限った話ではなく、PC・スマートフォン全体で同じ圧力がかかっていることは押さえておきたい点です。