■事実
AIスタートアップのTinyCorp(タイニーコープ)が、AMDに対して96GBのVRAMを搭載したRDNA 5世代のコンシューマーGPUを開発・発売するよう公に要求し、そのGPUの存在を前提とした大規模な事業計画を投資家向けに提示している。
TinyCorpは、著名なハッカー兼エンジニアのジョージ・ホッツが2022年に設立したAIスタートアップだ。
同社は独自のオープンソース・ディープラーニングフレームワーク「tinygrad」の開発と、AMDのRadeon RX 7900 XTXを6枚搭載したAIワークステーション「tinybox red」の製造・販売を主力事業としている。
tinygradはAMD・NVIDIA・Qualcommなど複数のGPUアーキテクチャに対応したミニマリスト設計の推論エンジンであり、comma.aiの自動運転ソフトウェア「openpilot」の演算基盤として実採用されている実績を持つ。
TinyCorpは2023年に510万ドルの資金調達を完了しており、「ペタフロップをコモディティ化する(誰もが低コストで使える時代を作る)」というビジョンを掲げている。
今回の構想はTinyCorpの公式X(旧Twitter)アカウントによる一連の投稿(https://x.com/tinygrad/status/2030299783714500935)で明らかになった。
同社は「もし2,000万ドルの出資に関心のある投資家がいれば話し合いたい」と呼びかけ、具体的なビジネスモデルを公開した。
バリュエーションは2億ドルを想定しており、2,000万ドルの出資で10%の株式取得という構造となる。
計画の全体像は以下の通りだ。
まず、オレゴン州に5MW電力契約付きの施設を1,150万ドルで取得し、AMDのRDNA 5世代GPU発売(2027年半ばを想定)まで待機する。
96GB VRAM搭載のRDNA 5 GPUを3,000枚調達する。1枚当たりの調達単価は2,500ドルを想定しており、AMDとの事前交渉による価格協定の成立を期待している。
調達したGPUを6枚1台構成で組み上げ、1台2万ドルの「tinybox」500台を製造する。
これらのマシン上で中国製を含むオープンソースLLMを稼働させ、AIトークン販売プラットフォーム「OpenRouter」を通じてLLM推論サービスとして提供する。
同社の試算では、この規模はOpenRouterのトークン市場全体の約1%に相当し、月間60万ドル(約9,000万円)の売上を見込んでいる。
tinygradの継続的なパフォーマンス改善によって最大3倍の効率化が実現した場合、月間売上は540万ドルにまで拡大する可能性があるとも試算している。
また、規模拡大の余地として施設の電力契約容量5MW中の残余分を追加マシンの稼働に充てる計画も示している。
オレゴン州を拠点に選んだ理由には、特異な電力コスト構造がある。
同州では4MW以下の電力消費に対してピーク需要ベースの料金体系が適用されるため、電力単価が1kWh当たり約3セントという極めて低コストの電力調達が可能になるとしている。
施設全体の月間電気代は約5万ドルを見込んでおり、大手クラウドプロバイダーのデータセンターと比較して大幅に低いランニングコストを実現できると主張している。
さらに、施設内のコロケーションスペースをジョージ・ホッツの前職関連企業であるcomma.aiに賃貸することで月約10万ドルの副収入も確保できるとしている。
施設費用とGPU調達費用は最長3年で回収できるとの試算を示しており、「コンシューマーGPUを使うため、大規模なクラウド事業者からの価格競争を受けにくい」という参入障壁の高さも強調している。
将来的には独自チップの設計・製造まで視野に入れた段階的な事業拡大計画も描いている。
TinyCorpはGPU1枚当たりの調達価格として2,500ドルを想定しているが、現時点でこの仕様に相当するGPUは市場に存在しない。
X上でのやり取りでは「AMDがリサ・スーにとって賢明な判断ができる企業なら、必ずこのカードを出すはずだ。RDNA 5はGDDR7の512ビットバスを採用できるはずで、3GBのGDDR7モジュールを両面実装すれば96GBの容量に到達できる」との主張を展開した。
AMDがそのようなモデルを発売しない場合、「自分たちでRDNA 5シリコンを搭載した独自基板を設計・製造する用意がある」とも述べている。
現時点で96GB VRAMを搭載するGPUはNVIDIAのRTX PRO 6000 Blackwellのみで、市場価格は8,000〜10,000ドルで推移している。
RDNA 5の市場投入時期については、信頼性の高いリーカー「Kepler_L2」がTSMCのN3Pプロセスでのテープアウト完了と2027年半ばの消費者向け発売を示唆している。
現行のRDNA 4(RX 9000シリーズ)が採用したTSMC N4Pプロセスから、より微細なN3Pへの移行により、同電力での最大18%の性能向上または同性能での最大36%の消費電力削減が期待されているとの情報がある。
RDNA 5アーキテクチャには新機能として「Universal Compression(ユニバーサル圧縮)」「Neural Arrays(ニューラルアレイ)」「Radiance Cores(ラディアンスコア)」が搭載される見通しだ。
フラッグシップダイは社内コードネーム「AT0」とされており、最大96基のコンピュートユニット(約12,288ストリームプロセッサ相当)と384ビットのメモリバスを備えるとも伝えられている。
RDNA 5はPlayStation 6(開発コード「Orion」)と次世代Xbox(開発コード「Magnus」)のAPUとも共通のGPUダイを採用する予定とされており、コンシューマーGPUとコンソール向けSoCがアーキテクチャを共有する構造になるとみられている。
一方、GDDR7メモリの深刻な供給不足は依然として解消の見通しが立っていない。
AI向けデータセンター需要の急拡大が汎用DRAMおよびGDDR7の供給を逼迫させており、業界予測では2027〜2028年まで供給制約が継続する可能性が指摘されている。
現行のRX 9000シリーズが発売直後から品薄状態に陥り価格が高騰した背景にも、このGDDR7供給問題が深く影響している。
TinyCorpとAMDの関係性については補足が必要だ。
tinybox redの開発中、AMDのGPUドライバとMES(マイクロエンジンスケジューラ)ファームウェアの不具合が頻発し、ジョージ・ホッツはファームウェアのオープンソース化をAMDに強く要求した。
この要求をリサ・スーCEO自身が拒否したことで双方の関係は一時的に険悪となった。
しかしTinyCorpはその後、AMD GPU向けの完全独自ユーザースペースドライバスタックをtinygradに統合することで問題を回避し、最終的にRX 7900 XTXを採用したtinybox redを発売した。
2025年3月にはAMDがTinyCorpにMI300Xデータセンター向けGPUシステムを2台提供し、tinygradとの統合に向けた技術協力が再開されたことも確認されている。
同時期にTinyCorpは独自のRDNA 3対応アセンブラの開発にも注力しており、AMDの公式ソフトウェアスタックに依存しない「完全主権型(フルソブリン)」のコンピュートスタック構築を目指していることも明らかにしている。
解説
正直、この計画は「発想は面白いが、中心的な前提が崩れると全部崩壊する」というタイプのやつですね。
TinyCorpが描いているビジネスモデルの根幹にある発想自体は悪くない。
ハイパースケーラー(大規模クラウドを運営するメガテック企業)のH100・B200クラスターとの正面勝負を避け、コンシューマーGPUをtinygradの最適化技術で最大限に引き出してLLM推論サービスを提供するというアプローチは、「ペタフロップのコモディティ化」というTinyCorpの一貫したビジョンを事業として具現化しようとするものです。
オレゴンの格安電力と組み合わせれば、トークン単価でのコスト競争力は相当なものになる可能性はある。
ただ、この計画全体は「96GB VRAMのRDNA 5 GPUが1枚2,500ドルで調達できる」という一点に完全に依存している。
この前提がどれほど厳しいか、概算で考えてみましょう。あくまで公開情報ベースの粗い試算であることを断った上で。
まずメモリコストだけで相当な金額になる。現在のGDDR7は供給逼迫の影響で1GB当たり概ね8〜15ドル前後で推移しているとされており、96GBでは770〜1,440ドルというレンジになる。2027年に価格がある程度下がったとしても、メモリだけで600〜1,000ドル規模は残るでしょう。
次にGPU本体のダイコスト。TSMC N3Pはウェハ単価が非常に高く、フラッグシップサイズのダイ1枚は数百ドル規模になるとみられています。
これを合算すると、BOM(部品原価)だけで1,500〜2,000ドル超になる可能性がある。そこからAMDの製造マージン、ボードパートナーの利益、流通コストを乗せると、$2,500はコスト回収ぎりぎりか、場合によっては赤字という水準になります。
2027年時点でGDDR7価格がどこまで下がるかによって結論は変わりますが、少なくとも現状の供給環境では$2,500は相当に非現実的な価格感です。
ホッツが「AMDが出さないなら自分たちで基板を設計する」と言っているのは、単なる強がりではないとは思う。
tinygradの開発でカスタムドライバスタックを実際に0から構築してしまった前例があるので、ソフトウェア面での実行力は本物です。
ただ、GPUのPCB設計と量産はソフトウェア開発とはまったく別次元の話で、設計コスト・製造委託・品質保証・熱設計など、今のTinyCorpのリソースで3,000枚の独自基板を量産するのは現実的ではないでしょう。
個人的に今回の件で最も重要だと思うのは、このXへの投稿がAMDに対する「VRAMを本気で増やせ」というパブリックプレッシャーになった点です。
RX 9000シリーズの16GB上限はAIエンジニアからもゲーマーからも批判されていて、AMDはRDNA 5でこの問題に向き合う必要がある。
96GBは無理にしても、24GBや32GBへの大幅な拡充が実現すれば、コンシューマーGPUでのローカルAI推論という市場の様相はかなり変わります。
TinyCorpの「無茶振り」が、RDNA 5のVRAM仕様に何らかの影響を与えるかもしれないということですね。