■事実
AMDが3月26日に公開したRyzen 9 9950X3D2 Dual Editionの発表動画(https://www.youtube.com/watch?v=_ErnOjwcWK8)は、1,000件を超えるコメントを集めた。
しかし注目を集めたのはCPUそのものではなく、コメントの約3分の1がFSR 4(FidelityFX Super Resolution 4)の旧世代GPU対応を求める内容だったことだ。
残りのおよそ3分の1はCPU本体への言及で、発表の遅れへの皮肉も目立った。
このCPUの発表動画がRadeonソフトウェアサポートの議論に乗っ取られる形になったことを、AMDは想定していなかったはずだ。
Ryzen 9 9950X3D2 Dual Editionの概要
Ryzen 9 9950X3D2は、AMDとして初めて2基のCCD(コアコンプレックスダイ)双方に3D V-Cacheを搭載したデスクトップCPUだ。
スペックは16コア/32スレッド(Zen 5アーキテクチャ)、合計208MB(L3 192MB+L2 16MB)のキャッシュ、TDP 200W、最大ブーストクロック5.6GHzとなっている。
前モデルのRyzen 9 9950X3DはTDP 170Wだったため、30W増加している。
両CCDに3D V-Cacheを搭載することで、従来のX3D設計で発生していた「キャッシュ非搭載のCCDがデータにアクセスする際のレイテンシー問題」が解消される。
前モデルのRyzen 9 9950X3Dと比べ、ゲーミングよりも生産性・AI処理向けのポジショニングが強調されており、AMDは発表動画にゲーミングベンチマークを一切含めなかった。
公表されたデータでは、Ryzen 9 9950X3Dに対し生産性・AIワークロードで5〜7%の向上が示されたにとどまる。
発売日は2026年4月22日。価格は未公表だが、Ryzen 9 9950X3Dの699ドルを上回ることが確実視されている。
本CPUはCES 2026での発表が予定されていたが、AMDが直前に計画を撤回した。
Dellがこの発表を前提にしたデスクトップPCをプレスリリースで予告してしまい、後に「ミスだった」と訂正する事態となった。
FSR 4と旧世代GPU問題の経緯
FSR 4(コードネーム:FSR Redstone)はRDNA 4世代のRadeon RX 9000シリーズ専用として2025年にリリースされた。
AIベースのアップスケーリングとしてFSR 3に対し大幅な画質向上を実現し、NVIDIAのDLSSとの品質格差をついに埋めたと評価されている。
公式の技術的理由は、FSR 4がFP8(8ビット浮動小数点)演算ハードウェアを必要とし、RDNA 3およびRDNA 2にはそのAIアクセラレーターが搭載されていないというものだ。
しかし昨年、AMDがFidelityFX SDK 2.0をGitHubに公開した際、誤ってFP8ではなくINT8(8ビット整数演算)を使用したFSR 4の内部版ソースコードを含めてしまった。
このINT8版はRDNA 3やRDNA 2でも動作可能であることが判明した。
AMDは公開直後にファイルを削除したが、コミュニティはすでにファイルを入手していた。
コミュニティツール「OptiScaler」はこのリーク版を活用し、RX 7000シリーズ・RX 6000シリーズ向けにFSR 4 INT8の動作を実現している。
直近のOptiScalerアップデートでは、RDNA 2(RX 6000シリーズ)でも最新ドライバのみで動作するようになり、以前の課題だったゴースティング(残像)も大幅に改善されたと報告されている。
なおOptiScalerの開発陣は「FSR 4.1のINT8対応はAMD自身が実施しない限り不可能」と明言しており、コミュニティ側での対応には技術的な天井がある。
RDNA 2・RDNA 3の搭載GPUはSteam Hardware Surveyにおいて依然として主要な割合を占めており、旧世代GPU向けサポートはAMDの既存ユーザーベースの大部分に直接影響する。
AMD自身はFSR 4.1をリリース済みだが、こちらもRDNA 4専用のままだ。
SonyのPSSRとINT8の関係
興味深いのは、PlayStation 5 ProのPSSR(PlayStation Spectral Super Resolution)の最新版がFSR 4のINT8版と同一技術基盤であることが、マーク・サーニー氏とDigital Foundryのインタビューで確認されたことだ。
PS5 ProのSoCは複数のRDNAアーキテクチャを組み合わせたハイブリッド設計であり、RDNA 4が持つFP8アクセラレーションには対応していない。
それにもかかわらず、最新のPSSRはFSR 4.1と同等の画質改善を実現しているとされる。
つまりSonyは自社のハードウェア制約に合わせたINT8版を正式製品として採用したことになり、「PCのRDNA 3向けにINT8版を提供できないのか」という疑問をさらに強める結果となっている。
AMDはFSR 4 Liteを検討していることを示唆しており、FSR 4.1のリリースタイミングで同時提供されることを期待するユーザーも多かったが、実際にはそうはならなかった。
AMDの沈黙と業界の反応
TechPowerUpはこの件についてAMDにコメントを求めるメールを複数回送ったが、一度も返答を得ていないと報じている。
Hardware UnboxedもSNSで同様の問題提起を行い、多くのユーザーが「AMDはGPU市場をまだラスターパフォーマンス中心で見ており、アップスケーリング品質・フレームジェネレーション・レイトレーシング・エンコード品質といった要素を過小評価している」と批判した。
CES 2026でAMDのRyzen CPUおよびRadeonグラフィックス担当副社長はこの問題について「技術的に非常に困難な課題」とコメントし、旧世代向けの対応を早急には見込めないことを示唆した。
Redditでは「RX 7900 XTXが最初で最後のAMD製品になった」「信頼は壊れた。FSR 3.5程度の小手先の対応では取り戻せない」といった声が相次いでいる。
解説
正直、これはAMDにとって完全な自業自得の状況だ。
Ryzen 9 9950X3D2という純粋に面白い製品を発表したのに、その動画のコメント欄3分の1がFSR 4の話になってしまったというのは、ソフトウェアへの不満がいかに積み重なっているかを如実に示している。
技術的な事実を整理すると、AMDはすでにINT8版FSR 4のソースコードを「誤って」公開してしまっている。 コミュニティはそれを受け取り、RX 6000シリーズでも動かしてしまっている。 さらにLinux環境では、FP8エミュレーションによってRDNA 3上でFSR 4を動かした事例まで報告されている。 「技術的に不可能」という建前はとっくに崩れているわけだ。
個人的にはこれはビジネス判断だと見ている。 RDNA 4搭載のRX 9000シリーズを買わせるための差別化として、FSR 4はRDNA 4専用に据え置かれているのだろう。
それ自体を完全に責めることはできない——NVIDIAだってDLSSのトランスフォーマーモデルはBlackwell専用にしている。 ただNVIDIAの場合、RTX 2000シリーズ(2018年)から8年間ずっとDLSSアップスケーラー自体は継続提供してきた。 FSR 4をRDNA 4専用にすることをその姿勢と同列に語るのは無理がある。
SonyのPSSR最新版がINT8ベースで正式動作しているという事実は、「うちのGPUにはFP8がないから無理」というAMDの説明を一層薄っぺらいものにしてしまった。 PS5 ProはFP8なしでもFSR 4同等の品質を出している。 なぜPC向けRDNA 3でそれができないのか——AMDはその問いに、そろそろ正面から答える義務がある。
もう一つ気になるのが、今回の発表動画の混乱だ。 CES 2026で直前に予告を引っ込めたことで、DellがプレスリリースでCPUを紹介してしまい「ミスだった」と訂正する羽目になった。 FSR問題といい、今回の発表のドタバタといい、AMDの社内コミュニケーションがうまく機能していないことが透けて見える。
Steam DeckやROG Allyといったゲーミングハンドヘルドにも搭載されているのはRDNA 2からRDNA 3.5の統合グラフィックスだ。 FSR 4がこれらのデバイスに届かない限り、携帯ゲームPC市場でのAMDの優位性も揺らぎかねない。
またAMDは今後、FSR 4のゲーム対応タイトルを拡大するにあたり、旧世代GPU向けサポートを提供しなければゲームデベロッパーからの採用意欲も下がりかねない。 FSRのオープンソース戦略の強みは「どのGPUでも動く」という広範な互換性にあったはずで、それを自ら狭めることは長期的に見て得策とは言えない。
RX 6000・7000シリーズのユーザーはもともとAMDに期待して製品を選んだ人たちだ。 コメント欄が荒れていても、AMDがなんらかのアクションを起こすまでユーザーの選択肢は限られる——OptiScalerを使って非公式に動かすか、そのまま待つか、あるいはNVIDIAに乗り換えるかの三択だ。 三択目を選んでしまったユーザーは、もうAMDには戻ってこないかもしれない。 AMDが旧世代ユーザーを軽視し続けるなら、そのツケはRX 9000シリーズの販売台数ではなく、RX 10000シリーズ以降への信頼という形で回ってくるだろう。
私はAIでAMDを選択する人は少ないという状況で、根気強くROCmのセットアップバッチファイルを配布し続けるほどAMDよりの意見を持っている。
決して批判ではなく心からそう思うから書くがRDNA2/3用のFSR4の公開によってRDNA4の売り上げが落ちることよりもAMDやRadeonの信頼が損なわれる方がダメージが大きいと思う。
今回の様にほかの製品にまでその影響が波及するということを考えれば、早急にRDNA2/3用のFSR4を公開すべきだろう。
こうした声が寄せられるというのは逆に言えばAMDに対して期待する人が多くいることの証拠であり、期待されているうちにユーザーの期待に応えることが王道だと思う。
本当に危ないのはこういう声すらも寄せられなくなった時だろう。
AMDがこの問題に真摯に対応してくれることを心から願ってやまない。