■事実
TSMCが開示した2025年通期財務報告書において、NVIDIAが初めてAppleを上回りTSMCの最大顧客となったことが確認された。
サプライチェーンアナリストのダン・ニュステット氏がこの財務データをSNS(https://x.com/dnystedt/status/2027330534767223099)上で公開し、注目を集めた。
TSMCの財務報告書では顧客名を「Customer A」「Customer B」という形で匿名化して開示しているが、NVIDIAが「Customer A」(シェア19%)、Appleが「Customer B」(シェア17%)に相当することが業界内で広く認識されている。
金額ベースでは、NVIDIAの2025年支払額はNT$7,269億7,400万(約234億ドル)に達し、2024年のNT$3,522億7,100万(シェア12%)から約2倍に拡大した。
一方のAppleは2025年にNT$6,451億7,900万(シェア17%)を記録した。
2024年のAppleはNT$6,243億4,500万でシェア22%と最大顧客の座を維持していたが、2025年はシェアが5ポイント低下した。
Appleは2014年頃からTSMCの最大顧客としての地位を維持してきており、10年以上続いた構図が今回初めて逆転した格好だ。
NVIDIAのCEOであるジェンスン・ファン氏は、ポッドキャスト番組「A Bit Personal with Jodi Shelton」への出演において「TSMCの創業者モリス・チャン氏が喜ぶ知らせだが、NVIDIAはいまやTSMCの最大顧客だ」と発言し、このトップ交代をCEO自ら公式に認めた。
ファン氏は2015年に、当時まだ規模の小さかったNVIDIAを代表してチャン氏と初めて面談した際に「いつかNVIDIAがTSMCの最大顧客になる」と約束していたとされている。
NVIDIAの直近財務実績を見ると、2026年1月期(会計年度上はFY2026)の通年売上高は前年比65%増の2,159億ドルを記録した。
そのうちデータセンター事業の通年売上高は1,937億ドルで、全体の約90%を占めるまでに成長している。
第4四半期(2025年10〜2026年1月)のデータセンター売上高は単独で623億ドルに達し、前年同期比75%増という驚異的な伸びを記録した。
NVIDIAはFY2027第1四半期(2026年2〜4月)の売上高ガイダンスとして780億ドル(±2%)を示しており、成長の勢いが続いていることを示している。
TSMCの売上構成においても変化が鮮明で、HPC(高性能コンピューティング)セグメント——NVIDIAのAIチップを含む——は2025年第4四半期にTSMC全体売上の55%を占め、2022年の40%から大幅に上昇している。
TSMCは2026年の設備投資計画を520〜560億ドルと設定しており、2025年の409億ドルから大幅に引き上げており、AI需要対応に向けた生産能力の拡充を継続する方針だ。
NVIDIAの次世代チップロードマップについては、次世代アーキテクチャ「Vera Rubin(ヴェラ・ルービン)」がTSMCの3nmプロセスで製造中であり、後継となる「Rubin Ultra(ルービン・ウルトラ)」はTSMCのN2(2nm)プロセスへの移行が予定されている。
さらにその次の「Feynman(ファインマン)」アーキテクチャではTSMCのA16(1.6nm)プロセスの採用も見込まれており、NVIDIAとTSMCの技術的な結びつきは今後も深まる見通しだ。
アナリストの試算では、2026年のNVIDIAのTSMCへの支払いは約330億ドル(シェア約22%)に達し、Appleの約270億ドル(シェア約18%)をさらに引き離す見通しだ。
解説
正直なところ、この「NVIDIAがAppleを抜いた」というニュースは数字の確認に近い話であって、方向性としてはずっと前から見えていた流れです。
それでも実際に財務報告書の数字として確定し、ファン氏自身がポッドキャストで認めたことの意味は小さくないと思っています。
何しろ2015年の時点では、NVIDIAはAppleに比べれば取るに足らない小さなGPUメーカーでした。
その頃にチャン氏へ「いつか最大顧客になる」と約束したエピソードは、いかにもファン氏らしい大言壮語に聞こえたはずで、それが10年後に現実になったわけです。
半導体業界でこれほどドラマチックな逆転劇は滅多に起きない。
注目すべきは数字の中身です。
NVIDIAは1年でTSMCへの支払いを約2倍にしていますが、Appleはほぼ横ばい。
これはAppleのビジネスが「毎年iPhoneを買い替えるサイクル」に依存しているのに対して、NVIDIAの需要はAIデータセンターの設備投資から来ており、スケールのケタが違う、ということを端的に示しています。
データセンター向けのNVIDIA GPUは一台あたりのチップ製造コストがAppleのスマートフォン向けチップより圧倒的に高い上に、マイクロソフト・Google・Meta・Amazonといったハイパースケーラーが何十万台もまとめて発注する構造になっています。
この「一発一発の注文が大きい」という特性が、TSMCへの支払い総額を急増させた要因です。
Appleへの影響という観点も見逃せません。
TSMCはこれまでAppleを最優先顧客として扱い、最先端プロセスへの早期アクセスや専用製造キャパシティの確保といった優遇措置を提供してきたとされています。
顧客ヒエラルキーの頂点が変われば、そのパワーバランスは変わらざるを得ない。
実際に「TSMCがAppleに対して製造価格の大幅引き上げを要求している」という報道が出始めており、これが事実であれば、AppleのiPhone・Macシリーズの原価構造にも影響が及ぶ可能性があります。
もちろんAppleもTSMCにとって引き続き重要な顧客であることは変わりませんし、2nmプロセスなど最先端ノードへのアクセスを失うわけではありません。
ただ「唯一の最大顧客」としての特権的立場は失われた、ということです。
もう一つ、この話の重要な裏側として「TSMCへの集中リスク」があります。
個人的にはここが最も重要な論点だと思っています。
世界の最先端AIチップはほぼ全てがTSMCで製造されており、NVIDIAのAIアクセラレーターも例外ではありません。
NVIDIAがTSMCの最大顧客になるということは同時に、世界のAIインフラがTSMCという一点に極度に依存しているという事実の反映でもあります。
TSMCの主要工場は台湾に集中しており、地政学的リスクという観点から「世界のAIサプライチェーンにおけるチョークポイント」として繰り返し議論されてきました。
これに対してNVIDIAも手をこまねいているわけではなく、次世代Feynmanアーキテクチャの一部製造工程をIntelファウンドリへ移管するという報道も出てきています。
ただ現実問題として、TSMCの製造技術と生産能力に匹敵する代替手段は現時点では存在しません。
この依存構造が今後どのように変化していくかは、半導体業界全体の課題として注視が必要です。
余談ですが、ファン氏が今年のCES 2026基調講演をはじめとする様々な場でTSMCのC.C.ウェイCEOとの関係を強調するシーンが増えているのは偶然ではないと思います。
TSMCとの関係強化はNVIDIAのビジネス継続性にとって最重要事項であり、それを投資家や市場に向けて可視化するための演出でもある。
ゲーミングGPUからスタートして世界最大のAI半導体企業になったNVIDIAが、いまやAppleを追い越してTSMCの最大顧客となった——これはAIが半導体産業の重心をいかに変えてしまったかを示す、教科書的な事例として語り継がれることになると思います。