■事実
Citiレポートの概要
Citibank(シティバンク)のアナリストがTSMCのAIパッケージング事業に関するリサーチレポートを発表しました。
結論:TSMCの先進パッケージング・製造技術に対する競争圧力は当面大きくならないとの見立てです。
分析の焦点はIntelのEMIB-Tパッケージング技術とIntel 18Aプロセスの2点です。
TSMCのCoWoSとパッケージング事業
CoWoS(チップオンウェーハオンサブストレート)は、HBMメモリと演算チップを一体化させる先進パッケージング技術で、現在のAIアクセラレータのほぼ全量に採用されています。
TSMCは2022〜2027年のCoWoS容量をCAGR(年間複合成長率)80%以上で拡大する計画と公表しました。
2026年末のCoWoS容量目標は月産約12.7万枚規模と報道されており、NVIDIAがそのうち50%超を確保済みとされています。
AI需要の波及でCoWoSの供給は引き続き逼迫しており、2026年から2027年にかけて”キャパシティ制約”が継続する見通しです。
TSMCは2026年5月のTechnology Symposiumで、CoWoSに加えSoIC(System on Integrated Chips)やCoPoS(Chip on Panel on Substrate)など次世代パッケージング技術も積極拡大する方針を表明しています。
IntelのEMIB-Tとその特性
EMIB(Embedded Multi-die Interconnect Bridge)はシリコンインターポーザーの代わりに、基板内に小型のシリコンブリッジを埋め込んでチップレット間を接続する2.5D技術です。
従来のEMIBはオーガニック基板(有機基板)のみで接続するのに対し、EMIB-TはTSV(Through-Silicon Via:シリコン貫通電極)を追加してブリッジに電流を通す構造です。
TSVの採用により、標準EMIBより電力漏れ(リーケージ)を低減できるとIntelは主張しています。
EMIB-Tは最大パッケージサイズ120×180mm、シリコンブリッジ38本以上、12ダイ以上の統合が可能と公表されています。
フルシリコンインターポーザーを使うCoWoSと比べ、パッケージコストが大幅に低い点が差別化要因でする(Rubin世代では1個あたり約1,000ドルに近づくCoWoSと対照的)
Intel Foundryの責任者ナガ・チャンドラセカランはWIRED誌で「シリコン製造以上に、パッケージングこそがAI革命を左右する」と発言しています。
EMIBとGoogleの関係
過去数週間で複数の報道が、IntelがEMIB-Tを積極的に売り込んでいることと、GoogleやAmazonが自社AIチップへの採用に関心を示していることを伝えました。
Googleは現行のTPU8(Sunfish / Zebrafish)をTSMC CoWoSで製造しているが、次世代TPU向けにIntel EMIBを活用する可能性が台湾メディアから報じられています。
IntelはEMIB製造をAmkorの韓国Songdo K5施設に初めて外注するなど、パッケージング供給体制の外部拡大も進めています。
マレーシアPenangの先進パッケージング施設は99%完成し、2026年内に第一フェーズの稼働開始予定です。
CitiアナリストのEMIB-T評価:ABF基板依存が鍵
Citiアナリストは、EMIB-Tの普及可能性はABF(Ajinomoto Buildup Film、味の素ビルドアップフィルム)基板のエコシステム成熟度に大きく依存すると指摘されています。
ABFは半導体パッケージの絶縁層に使われる有機フィルムで、高密度配線を実現するために必須の素材です。
CoWoSもABF基板の供給制約が拡大のボトルネックとなっているため、ABFサプライヤーが増産できるかどうかが、IntelのEMIBスケールにも直結します。
つまりEMIBが拡大しようとしても、CoWoSの供給を制約している素材面の問題を同じくクリアする必要があるとのことです
Intel 18Aプロセスに対するCitiの見解
Appleが積極的にIntel 18Aプロセスに関心を示しているとの報道が相次いでいるが、Citiアナリストはテープアウト(設計データの最終提出)は業界の通常慣行であり、大規模量産の保証にはならないと強調しています。
アナリストは分析の焦点をAI・HPC向けチップに絞り、2027〜2028年向けの設計はすでに確定済みであると指摘(=TSMCのコアターゲット層の設計は動かない)しています。
直近の報道(2026年5月、アナリスト郭明錤)では、IntelがすでにAppleの低〜中位チップ(iPhone・iPad・Mac向け)の小規模テスト生産を開始しており、2027〜2028年の量産拡大を目指しているとされています。
パッケージング技術比較
| 項目 | TSMC CoWoS | Intel EMIB-T |
|---|---|---|
| 構造 | フルシリコンインターポーザー | 基板埋め込みシリコンブリッジ+TSV |
| 主要素材 | ABF基板+シリコンインターポーザー | ABF基板中心(シリコン節約) |
| コスト | 高(大型インターポーザーが高価) | 低(インターポーザー省略) |
| 最大パッケージサイズ | 現行約3.3×レチクル、将来9.5×を目標 | 120×180mm(38ブリッジ以上) |
| AI需要での採用実績 | NVIDIA・AMD・Broadcomなど業界標準 | 現時点では限定的、2026年下期以降拡大狙い |
| 主な採用見込み顧客 | NVIDIA(50%超確保)、AMD、Broadcom | Google TPU、Amazon Trainium(交渉中) |
■解説
Citiレポートの論旨を一言でいうと
要するに「IntelのEMIB-Tは面白い技術だが、TSMCの牙城を崩すにはまずABF基板という共通の壁を越えてみせろ」というのがCitiの主張だ。
「TSMC対Intel」という構図で語られがちだが、実際の競争制約は両者に共通した”原材料・素材の供給”というボトルネックにある。
【ネタ候補】半導体ビジネスの覇権争いが、最終的に「味の素」の絶縁フィルムに左右されるという事実は、なんともシュールな話ではある。
EMIB-Tのコスト優位は本物か
フルシリコンインターポーザーを不要とするEMIBのコスト優位は構造的な話として正しく、NVIDIA Rubin世代のような超大型パッケージでその差は拡大する、
ただし「安い」だけではAIチップ顧客は動かない。供給の安定性・歩留まり・実績こそが大手ハイパースケーラー(クラウドを大規模運営するメガテック企業)の調達判断を左右する。
GoogleがEMIBに関心を持っているのは、CoWoS容量の逼迫に対するヘッジ(保険)としての意味合いが大きいと読むべきで、TSMCからの乗り換えではなく”分散調達”の一手とみるのが自然だ。
Intel 18Aの「テープアウト=量産」ではない問題
Citiアナリストの指摘通り、テープアウトはあくまで試作工程の一部であり、量産には歩留まりの安定・コスト競争力・供給体制の確立が必要だ。
Appleがテープアウトを行っているとしても、実際の量産採用は2027〜2028年の話であり、AI・HPC向けの設計確定サイクル(2〜3年前に決定)とは別軸だ。
個人的には、Intel 18AへのApple採用は「IntelのファウンドリーとしてのPR効果」として実態以上に大きく報道される傾向があると感じる。量産が現実になるまでは慎重に見たいところだ。
一方でAppleがIntelと本格的に組むことには政治的な意味もある。Trump政権下でのアメリカ国内半導体製造促進という文脈でAppleにとってのメリットは無視できない。
TSMCが盤石な本当の理由
2027〜2028年向けのAI・HPCチップ設計がすでに確定済みという事実は重い。設計確定後のサプライヤー変更は事実上不可能に近いため、この期間のTSMCの売上はすでに”予約済み”に近い状態だ。
CoWoSの80%超CAGRという拡大速度自体、他社が追いつく前に市場を飲み込むスピードだ。
TSMCの優位性の本質は技術だけでなく、「次世代の設計がすでにTSMCの上で動いている」という時間軸の先取りにある。IntelにとってEMIB-Tはビジネスとして正しい一手だが、TSMCの護城河を崩すには今サイクルでは間に合わない。
当サイトを昔から読んでいる熱心な読者なら2021年ごろの半導体不足の原因がサブストレートでその時少し話題に上がったのが味の素のABFだということを覚えているだろう。
あの時はPS5の量産に失敗し、今まで影響を及ぼしている。思えばあの時がPS5のケチのつき初めだった。
TSMCは追い抜けないという話ではあるものの。Intelは買収や倒産がささやかれる状態から数年でここまで業績が回復しているのはやはり国策企業の公的資金注入パワーとはすごいものだ。
何度も書いているが、やはりIntelは特別な企業だ。
普通の企業が一回大きな失敗をすると倒産・買収の危機に瀕するのに対して、Intelならどんなに失敗をしても政府から援助を受けられて華麗に復活できる。
まるで、みんなが普通のゲームをやってる中で一人だけ無敵コマンドで死なないゲームをしているようなものだ。
Intelは我々の考える自由競争とは全く別の次元で企業が運営されている。
そういう意味で非常に特別な企業といえるだろう。