■事実
AMDのリサ・スーCEOが3月18日に韓国を訪問すると、韓国メディアのMKが業界関係者の話として報じた。
スー氏が韓国を訪れるのは、2014年にCEOに就任して以来初めてとなる。
訪問中はSamsung Electronics会長のイ・ジェヨン氏、およびNaver CEOのチェ・スヨン氏との会談が予定されている。
Naverは「AMDとの会議が設定されている」と確認したが、議題の詳細は公表を控えた。Samsung Electronicsはコメントを拒否した。
Samsung会長との会談では、AIアクセラレータ向けのHBM(High Bandwidth Memory)供給確保と、次世代半導体技術での協力拡大が中心議題になるとみられている。
Samsungは2026年2月にHBM4の量産出荷を世界で初めて開始したと発表しており、HBM3E比で約22%の性能向上を実現しているとしている。
AMDはSamsungのHBM事業における重要顧客の一つで、HBM3Eの初期確保でも先行した実績がある。Instinct MI350シリーズにもSamsung製HBM3Eが採用されており、両社の協力関係はすでに実績に基づくものとなっている。
今回の訪韓の中核にあるのはInstinct MI400シリーズの量産計画だ。CES 2026で発表された旗艦モデルのInstinct MI455Xは、Samsungの12段積みHBM4を採用し、432GBの容量と約20TB/sの帯域幅を実現する。
MI455XはTSMCの2nmプロセス(N2)で製造され、CDNA 5アーキテクチャを搭載する。320億トランジスタという規模は現行AIアクセラレータとして最大級の部類に入る。
HeliosラックシステムはMI455Xを72基、EPYC Venice CPUと組み合わせて搭載し、1ラックあたり31TBのHBM4メモリと最大2.9エクサFLOPS(FP4)の演算能力を提供する。Heliosの出荷は2026年第3四半期が予定されている。
MI430X、MI440X、MI455Xを含むMI400シリーズ全体が、UALink(Ultra Accelerator Link)の新しいスケールアップ接続規格に対応する最初のGPUとなる。この規格はNVIDIAの独自規格NVLinkに対抗するオープンスタンダードとして業界各社が推進している。
一方でAMDはサーバーCPU向けにも韓国との関係を深めようとしている。Samsung Foundryとの協議では、次世代EPYC「Venice」CPU(Zen 6アーキテクチャ、最大256コア、前世代比約70%の性能向上)をSamsungの2nmプロセス(SF2)で受託製造することについても検討が進んでいると韓国メディアが報じている。
VeniceはTSMCの2nmで製造されることが確認されているが、AMDはサプライチェーン分散の観点からSamsung Foundryとの協力も模索しているとみられる。TSMC一社への依存度を下げることは、地政学リスクが高まる現在の半導体産業において重要な経営課題となっている。
スー氏はNaverとの会談でもAIコンピューティングインフラの協力について議論する見通しだ。
Naverは独自の「ソブリンAI」(自国リソースで完結するAIインフラ)の構築を目指しており、AMD製GPUを中心に据えたデータセンター構成も議題に上がるとみられている。韓国政府がAIインフラの国産化・脱依存を後押しする政策的背景もあり、Naver×AMDの協力はその文脈で注目される。
今回のスー氏の訪韓は、NVIDIAの年次開発者会議GTC 2026(3月16〜19日、サンノゼ開催)と同週に重なる。
HBM市場の勢力図を見ると、SK Hynixが2025年時点で約61%のシェアを確保しており、SamsungはHBM3E時代の出遅れから約19%にとどまっている(Macquarieの統計による)。
SamsungはNVIDIAのRubin世代(2026年後半予定)向けHBM4サプライヤーとしても評価が進んでいる。過去の報道によれば、SamsungのHBM4はNVIDIAのSiP(System-in-Package)統合テストで良好な結果を得たとされており、SK Hynixとの性能差が縮まりつつあると業界関係者は見ている。
しかしNVIDIAも本格的にSamsungのHBM4確保に動いているとみられており、AMD・NVIDIAの双方がSamsung HBM4の製造容量を奪い合う構図が形成されつつある。Samsungにとっては有利な状況だが、AMDにとっては「以前のように気軽に確保できる」状況ではなくなっているということでもある。
NVIDIAのジェンスン・ファンCEOはMorgan Stanley Technology, Media & Telecom Conferenceで「制約がある世界では最良のものを選ぶしかない。供給不足は素晴らしい」と発言した。
さらにファン氏は「メモリ、ウェハ、CoWoSパッケージング、システム、コネクタ、ケーブル——銅から積層セラミックコンデンサに至るまで、すべて確保済みだ」と述べ、サプライチェーン全体を先行確保しているNVIDIAの優位性を強調した。NVIDIAが韓国・台湾のパートナーを頻繁に訪問し関係を築いてきた成果が、この調達力の根拠となっている。
NVIDIAは2025年通年で2,159億ドルという過去最高の売上を記録しており、その大半がデータセンター向けだ。AI半導体市場でのNVIDIAのシェアは2025年第4四半期で約94%(Jon Peddie Research)に達しており、同社の市場支配力は一層強まっている。
AMDはCES 2026でOpenAIとの大規模GPU供給契約(最大6GW相当)を発表しており、MI450を中心としたデータセンター構築が2026年後半から本格化する予定だ。Oracle CloudやOak Ridge National Laboratoryとの契約も発表済みで、MI400シリーズの需要は着実に積み上がっている。
EPYCサーバーCPUでもAMDは2025年第3四半期に四半期収益92億ドル(前年比36%増)という過去最高を記録しており、データセンター全体での存在感が増している。
解説
正直、このタイミングは象徴的すぎます。
NVIDIAがGTC 2026で世界中の注目を集めているまさにその週に、AMDのCEOは韓国でメモリとファウンドリの交渉をしている——その対比が今のAI半導体市場の構造を如実に表していますね。
ジェンスン・ファン氏の「供給不足は素晴らしい」という発言は、単なる強がりではありません。
NVIDIAには他社が追いつけない調達力があるからこそ言える言葉で、資金力でサプライチェーン全体を押さえた企業が「希少性の恩恵を最も受ける」という、実に冷徹なビジネスロジックです。
供給が逼迫すれば、顧客はリスクを取れなくなる。実績のある最大手に集中するしかない。「供給不足は素晴らしい」とは、要するに「困れば困るほど顧客はNVIDIAを選ぶ」という構造の話です。
AMDにとって今のHBM調達環境は、HBM3E時代と根本的に変わっています。
HBM3Eのころ、SamsungはNVIDIAのメインサプライヤーではなかったため、AMDは比較的余裕を持って確保できていました。しかしHBM4では、SamsungがNVIDIAの供給網にも組み込まれつつある。
つまりAMDとNVIDIAが同じ「Samsung HBM4」を取り合う構図になっているわけで、HBM3E時代のような「余り枠を取る」戦略は通じません。
SK HynixはNVIDIAとの関係が特に深く、HBM市場で約61%という圧倒的なシェアを持っている。AMDがHBM4をまともな条件で確保できるルートは実質的にSamsungしかない——だからこそスーCEO自らが10年以上ぶりに韓国へ飛んだわけです。これはトップ同士でなければ動かせない規模の交渉です。
Samsung側の動機も明確です。
SK Hynixとの差を縮めるためには「大口顧客との量産実績」が必要で、AMDのMI400でSamsung製HBM4が大規模投入されれば、歩留まり・パッケージング・量産安定性すべての証明になる。単なる取引以上に、Samsungにとってもこの協力関係には戦略的な価値があります。
Samsung Foundryが検討しているとされるEPYC Venice向け2nm受託も同じ構図です。TSMCへの依存度を分散させたいAMDと、大型顧客獲得で先端プロセスの実績を積みたいSamsung Foundryの利害が一致している。
もう一つ見落としがちなのが、OpenAIとの6GW供給契約という重みです。
CES 2026で発表されたこの大型契約が本格稼働すれば、MI400の量産スケールは一気に跳ね上がります。Oracle Cloud、Oak Ridge National Laboratoryと合わせると、確約されている需要の規模はかなりのものになる。この需要を満たせるだけのHBM4を確保できなければ、供給コミットメント自体が崩れかねない。スー氏が今のタイミングで自ら動かなければならないのは、それだけの切迫感があってのことでしょう。
Naverとの会談も興味深い。
Naverが目指す「ソブリンAI」にとって、CUDAエコシステムへの依存を避けられるAMDのROCmベースのソリューションは、政策・コスト両面で魅力的な選択肢です。NVIDIAに比べてエコシステムが開放的なAMDは、国家・企業が独自のAIインフラを持ちたいという需要に応えやすい立場にあります。韓国政府が推進するAI主権の文脈でも、Naver×AMDの組み合わせは象徴的な意味を持ちます。
それにしても、ジェンスン・ファン氏の「供給不足は素晴らしい」という発言は、ゲーマー目線では相当腹立たしいですよね。
AIインフラ向けの旺盛な需要がメモリ市場を飲み込んでいる現実は、コンシューマ向けには純粋にダメージです。GPUの価格上昇、PC向けDRAM高騰、コンシューマ機器全般へのコスト転嫁——これらはすべて「供給不足は素晴らしい」という文脈の裏面です。ゲーマーにとってはまったく「素晴らしく」ない。
ただ、ビジネスロジックとして「供給不足は素晴らしい」が正しいのも事実であって、NVIDIAがその立場を謳歌している間に、AMDは地道にサプライチェーンを固めていく。スーCEOの今回の訪韓を、「AMDがNVIDIAと同じ土俵でサプライチェーン外交を本格化させた転換点」として、個人的には注目しています。