NVIDIAのジェンセン・フアンCEOが、Morgan Stanley主催のTechnology, Media & Telecom(TMT)カンファレンスに登壇し、AIエージェントの普及がもたらす新しい計算需要の波について語った。
フアン氏は複数の産業変曲点(インフレクションポイント)に言及する中で、オープンソースのAIエージェントフレームワーク「OpenClaw」を取り上げ、「おそらく史上最も重要なソフトウェアリリース」と称した。
OpenClawはオーストリア出身のデベロッパー、ピーター・シュタインバーガー氏が開発したオープンソースのAIエージェントで、かつてはClawdbot、Moltbotと名乗っていたが、2026年1月下旬に現在の名称へ改められた。
OpenClawの特徴は「ローカルファースト」の設計で、ユーザーの手元のマシン上で動作し、WhatsApp、Telegram、Discordなどのメッセージングアプリを通じてタスクを自律実行する。
Claude、GPT、DeepSeekなどの大規模言語モデルのAPIと連携し、メール管理、カレンダー操作、ターミナルコマンド実行、ブラウザ自動化など、従来は人間が行っていた業務を代行できる。
ユーザーが明示的に指示しなくても、設定されたスケジュールや条件に基づいてバックグラウンドでタスクを継続実行する「ハートビート」機能も搭載しており、真の意味での「自律型エージェント」としての設計思想が反映されている。
プロジェクトはMITライセンスで公開されており、コミュニティが作成した100以上のスキル(機能拡張モジュール)が利用可能で、DigitalOceanやAWSへのワンクリックデプロイにも対応している。
GitHubでの公開からわずか72時間で6万を超えるスターを獲得し、その後もたった3週間でLinuxの累計ダウンロード数を抜いて「史上最もダウンロードされたオープンソースソフトウェア」となった。
フアン氏は同カンファレンスで次のように述べた。
「(OpenClawの)採用曲線は通常の軸では表せない。セミログでプロットしても垂直に近く、まるでY軸そのものだ。こんなものは見たことがない」
OpenClawのエコシステムは急速に拡大しており、エージェント同士がやりとりするプラットフォーム「Moltbook」も登場した。
Moltbookはエージェント専用のSNSプラットフォームで、公開からわずか72時間で3万2,000エージェントが登録し、1週間で150万エージェントを突破するという異例の成長を見せた。
2026年2月14日には、開発者のシュタインバーガー氏がOpenAIへの参画を表明。プロジェクトはオープンソース財団へ移管されることが発表されている。
■AIは「5層ケーキ」——アプリケーション層がハイパースケーラーに最大の収益をもたらす
フアン氏はAIを「5層のケーキ」に例え、各層が積み重なることで価値が生まれる構造を説明した。
5つの層のうち、フアン氏が特に重要視するのがアプリケーション層だ。
OpenClawのようなAIエージェントは、このアプリケーション層の典型例であり、ハイパースケーラー(大規模クラウドを運営するメガテック企業)やフロンティアラボに最大のリターンをもたらすと同氏は指摘している。
エージェントがユーザーの作業環境に深く入り込み、「超個人化(ハイパーパーソナライズド)」な形でタスクを実行することで、AIは単なる情報提供ツールから人間の業務そのものを代行する存在へと進化するというのがフアン氏の見立てだ。
ユーザーはOpenClawに「睡眠中に車のディーラーを交渉させて4,200ドルの値引きを引き出した」「保険会社からの請求却下に対して、エージェントが政策条文を引用した異議申し立てを自動送信して逆転させた」などの活用事例が報告されており、AIが直接的な経済的価値を生み出しうることを示している。
■トークン消費量が1,000倍に——「コンピュート真空」が発生している
フアン氏が最も強調したのが、エージェントAIが引き起こすトークン消費の激増だ。
従来の生成AIは1プロンプトに対して1回の応答を生成するが、AIエージェントがタスクを自律実行する場合、消費トークン量は通常の約1,000倍に上るとフアン氏は説明した。
さらに、NVIDIAの社内でもOpenClawを多数稼働させているとフアン氏は明かし、「それらが常時起動して動き続け、文書作成やツール開発、ソフトウェア開発を行っている」と述べた。
常時稼働するエージェントが複数並列で走ると、トークン消費は標準的なプロンプト比で100万倍にまで膨れ上がる可能性があるという。
フアン氏はこれを「コンピュート真空(compute vacuum)」と表現した。
ハードウェアの展開規模をいくら拡大しても、エージェントAIが人間の業務に浸透し続ける限り、需要は常にキャパシティを上回り続ける——という構造的な需給逼迫が既に始まっているという認識だ。
「わが社が必要とする計算量は急増した。そしてすべての企業が必要とする計算量も急増している」とフアン氏は断言した。
■Vera RubinとICMSはエージェントAI時代の「解答」
フアン氏の発言は、NVIDIAの次世代AIプラットフォームであるVera Rubinへの需要見通しとも密接に結びついている。
HopperおよびBlackwellは主にAIのトレーニングワークロードに最適化されていた。
一方でVera Rubinは、エージェントAIが要求するロングコンテキスト推論を念頭に設計されており、CES 2026での発表でその位置づけが鮮明になった。
キーとなる機能が、BlueField-4プロセッサを活用したICMS(Inference Context Memory Storage:推論コンテキストメモリストレージ)だ。
エージェントが複数ターンにわたる長期的な文脈(コンテキスト)を維持するためには、膨大なKVキャッシュを保持し続ける必要がある。
GPUのHBMメモリだけではこの需要に対応しきれないため、ICMSはEthernetで接続されたフラッシュストレージ層(G3.5層)を設け、KVキャッシュをGPU外部に保持しながら必要なときに高速でGPUメモリへ戻す設計を採っている。
NVIDIAの公式発表によれば、Rubin世代のシステムはBlackwellと比較してトークン当たりの推論コストを最大10分の1に削減し、5倍のトークン生成速度を実現するとされている。
Vera Rubin NVL72は6種類のチップ——Vera CPU、Rubin GPU、NVLink 6スイッチ、ConnectX-9 SuperNIC、BlueField-4 DPU、Spectrum-6 Ethernetスイッチ——を統合した「エクストリームコデザイン」アーキテクチャを採用しており、GPUだけでなくネットワーキング・ストレージまで一体設計することでボトルネックを解消している。
Vera Rubin NVL72の量産出荷は2026年下半期が予定されており、Microsoft Azure、CoreWeave、Google Cloud、AWSなど主要クラウドプロバイダーへの早期導入が計画されている。
フアン氏がOpenClawを通じて示した「エージェントAIによるコンピュート需要の爆増」というシナリオが現実となれば、Rubin世代の需要は従来予測を大きく上回る可能性がある。
■解説
正直、ジェンセン・フアン氏のOpenClawへの言及は、単なる社交辞令ではないと思います。
OpenClawはNVIDIAの製品でも、OpenAIの製品でもない。オーストリアの個人開発者が作ったオープンソースのソフトウェアが3週間でLinuxを超えた——この事実の重さをフアン氏は正確に理解していて、それをエージェントAIの普及が「もう始まっている」という証拠として使っているんですよね。
個人的には、1,000倍どころか100万倍という数字の方に注目したいと思います。
単にタスクを実行するエージェントが1,000倍のトークンを消費するだけでなく、常時稼働するエージェントが複数走ると、その桁が変わってくる。これがNVIDIAの言う「コンピュート真空」の正体です。
いくらGPUを増設しても追いつかないというのは、誇張ではなく設計上の必然なわけです。
Vera RubinのICMSは、まさにこの問題に対する工学的な回答で、KVキャッシュをGPUの外に出すことで推論時の文脈維持コストを下げる。
アーキテクチャ的には非常に理にかなっていて、個人的にはBlackwellとの最大の差別化ポイントはICMSにあると見ています。
ただ、フアン氏の発言には常にNVIDIA寄りのフレーミングがあることは頭に置いておきたい。
「コンピュートが足りない」という主張は、NVIDIA製品の購入を促す文脈で機能します。
それを差し引いても、OpenClawのような事例が実際に爆発的なトークン消費を引き起こしているのは事実であり、エージェントAIがGPU需要の新たな柱になりつつある構造は本物だと思います。
なお、当サイトではOpenClawのセキュリティリスクについて過去に複数回取り上げてきました。
プロンプトインジェクション、サードパーティスキルの検証不足、過剰な権限設計といった問題は今も未解決であり、その懸念は変わっていません。
ただ、それはエージェントAI全体を否定する立場ではなく、むしろ逆です。
安全な基盤の上で動くエージェントAIこそが、フアン氏が語るような「人間の業務を代行する未来」を実現できると考えているからこそ、現状のOpenClawが抱えるガバナンス不在を問題視してきた、というのが正確なスタンスです。
OpenAIへの移管と財団化が、セキュリティと信頼性の面でどう作用するかは、引き続き注目していきたいと思います。